私立たおやめ学園消息記

 良家の令嬢のみが集う「私立たおやめ学園」は250年余の歴史をもつ名門女学校である。幼稚舎からの完全エスカレータ制で、少人数制の指導を徹底している。学力水準は高いが、進学率は低い。ほとんどの生徒は高等部卒業後、俗に言う「永久就職」してしまうからである。現に、学生のほとんどには幼い頃決められた許婚がいる。つまり、超一流の花嫁学校なのである。そんな学園の高等部に先月、非常に珍しいことに転入生がやってきた。
 「あら、芙蓉さまですわ」
 「本日もお美しいこと」
 「まあきれいな御髪。どのようなお手入れをなさっているのかしら」
 その転入生はこの僅かな期間で、既に学園のカリスマとなっていた。彼女の名前は度会芙蓉(わたらいふよう)、高等部二年薔薇組所属。少女漫画の主人公もかくやという風貌は、黄金色に近い輝きをもつ栗色の巻き毛に、雪花石膏の肌、満点の星空のような輝きをもつ大きな双眸、気品ある高い鼻梁に朝露に濡れた花びらのような唇と評される。体育の授業でその身軽さと俊敏さは抜きん出ていたし、あっという間に学年主席を取ってしまうほど成績優秀だった。そんな彼女に憧れない乙女はいないというわけで、今日も彼女は賞賛と羨望の眼差しの只中にいた。
 「今日はじめじめしていやね」
 豊かな縦ロールの髪を一房手にとって、芙蓉は小さく呟いた。本日の出で立ちは薄桃色の振袖に藤色の袴。振袖には手鞠が金糸で縫い取ってあり、華やかなものであった。茶色の編み上げブーツがコツコツと小さく音を立てる。彼女が通り過ぎた後にはなんともいえない芳しい香りが漂っており、乙女たちはどんな匂い袋を使っているのかとまた噂するのである。
 「芙蓉さまっ!」
 頬を紅潮させた三人の少女が彼女のもとに駆け寄ってきた。芙蓉の同級生で、転入してすぐに仲良くなったものたちである。同い年なのだから「さま」づけはおかしいと何度言っても、「このほうがしっくりくる」といって彼女たちはそう呼ぶのをやめない。芙蓉は少し顰めていた眉を直すと、花が咲くような微笑みを浮かべた。
 「華子さん、翠(みどり)さん、如月さん。ごきげんよう」
 鈴を転がすような声音にうっとりとした少女たちのいらえが少し遅れるのは毎朝のことで、たちまち芙蓉は彼女たちに挟まれて学園内を歩くことになる。
 「いまさっき話し合っていたのですけれど、今度あたらしくわたしたちのお仲間に加わりたいという方がいらっしゃるの」
 芙蓉が前髪を結い上げている赤いリボンを気にしながら先を促した。
 「わるいひとではないんだけれど、なんだか、ねえ」
 「ミーハーというのかしら?芙蓉さまに近づきたいというのがみえみえよねえ」
 芙蓉の所属しているグループは排他的である。グループといっても内容は芙蓉と芙蓉の取り巻きで、人数はたったの四人である。芙蓉の人気を考えれば少なすぎる人数だが、華子、翠、如月は学園でもトップクラスの良家の娘たちで、気位が高いことで有名であった。そのために芙蓉に近づきたくとも近づけない。彼女たちに認められないと芙蓉さまのお側に置いてもらうことはできないのだ。
 「ねえ、芙蓉さまはどう思う?紹介してさしあげてもよろしいかしら」
 クスリと小さく笑うと、芙蓉は鷹揚に頷いた。
 「お名前はなんとおっしゃるの?」
 「斎百子(いつきももこ)さん。菊組のかた」
 水たまりを注意深くよけながら芙蓉が言った。
 「では、そのかたと今日のお昼をご一緒しましょうよ」

 百子はかわいらしい少女であった。とても芙蓉たちと同い年とは思えない童顔で、ふっくらとした頬っぺたは名前どおり桃を連想させた。少し小さめの瞳を緊張のためかぱちぱちさせている。平均より背の高い芙蓉と比べるととても小さく見えた。
 「こちらが斎さん」
 「は、はじめまして。斎百子ともうします。お、お誘いいただいてありがとうございます」
 つっかえつっかえ言った百子を翠たちが厭味をこめてくすくすと笑う。そのせいで、芙蓉が言った言葉を聞き逃してしまった。
 「・・・まあおいしそう」
 赤い舌ですばやく舌なめずりすると、芙蓉は百子に自分の隣の席をすすめた。
 「度会芙蓉です。仲良くしてくださいね」
 ピタリと笑うのをやめた三人が芙蓉に続いて席についた。茶屋風の赤い布がかけられた腰掛けは、学園内の庭園のあちこちに設けられている。それぞれに弁当を広げながら歓談するのが昼休みの学園風景だ。
 「あら、おいしそう。百子さんは腕のいい料理人をお持ちなのね」
 芙蓉が百子のお弁当を褒めると、頬を赤く染めた百子が消え入りそうな声で言った。
 「あらいやだ、恥ずかしいわ。これ、わたくしが作ったんですの」
 「まあ、本当に?お料理上手でいらっしゃるわ」
 興味津々で百子の弁当を覗き込んでいた他の三人も口々に彼女を褒めそやす。芙蓉の言ったことには何でも同調する彼女たちだが、百子の料理の腕は本当によかった。と、急に強い風が吹いて乙女たちは悲鳴を上げた。パラソルの役割を果たしている赤い唐傘がくるくると回る。
 「あっ」
 百子の弁当が地面に落ちていた。泣きそうな顔をした彼女をみて、三人が笑いを堪え切れないといった表情をする。本当は芙蓉に気に入られたようすの彼女が気に入らないのだ。
 「泣かないで。あたくしのお弁当を半分さしあげるから」
 「えっ・・・、そんなわけにはいきませんわ」
 「遠慮なさらないで。今日はあたくしあんまり食欲がないの」
 優しげに言う芙蓉に百子が目を潤ませる。想像通り完璧な「芙蓉さま」に、彼女も完全に心酔してしまったようであった。

 街外れの寂しい場所に、芙蓉の住む屋敷はあった。ゴシック様式の洋館で、永い間空き家だったために、近隣住民からは「妖怪屋敷」や「お化け屋敷」と呼ばれていた。彼女が越してきてからは、荒れ放題だった庭はうつくしく整えられ、いつのまに植えたのか、芙蓉の花が春にもかかわらず咲き乱れていた。どんな優秀な庭師がいるのかと噂になったが、その姿を見たものは誰もいない。芙蓉が女学校に行っているあいだは死んだように静かなのだ。興味をもった人間が敷地内に侵入したこともあったが、いつも屋敷の玄関にはたどりつけず、いつのまにか裏門から外に出てしまうのであった。
 「お帰りなさいませ、主」
 芙蓉を吹き抜けの玄関ホールで出迎えたのは、20代前半の美青年。漆黒の髪をオールバックにして撫でつけ、使用人らしい質素な着物に羽織姿だったが、すらりと背の高い容姿はむしろこの館の主といった風であった。
 「ねえ、今日はとてもいいことがあったのよ」
 彼に外套をあずけながらうれしげに芙蓉が言った。
 「いままでつきまとっていたのは堅そうなのばかりだったけれど、あたらしく柔らかそうなのが入ったの」
 「それはよかった。近日中にお招きするといたしましょう」
 「ええ。それと、あたくしのお弁当をそれにあげてしまったのだけれど、大丈夫かしら」
 「えっ」
 それまで落ち着き払っていた青年が、動作をとめた。
 「本日は蛙肉を使用しましたが・・・、あれは人間の味覚では鶏肉と似ているそうなので、おそらく問題ありません」
 自分で言って納得したのか、何度も頷いている。リビングに移動しながら芙蓉が大袈裟にため息をついた。
 「この辺には農家がないから鶏肉もなかなか手に入らないし・・・。前いたところへ戻りたいわ」
 「そうですね・・・。ですが永い間ひとつ所に留まれないのが我々のさだめ」
 芙蓉はガラス細工のような手を頬に当てると、物憂げに長いすに寝そべった。窓の外ではしとしとと雨が降り続いている。衣装はいつのまにか振袖と袴から室内着の小袖に変わっており、上げられていた前髪は下ろされて顔の半分ほどを覆っていた。
 「雨の日はきらいよ」
 呟きは毛足の長い絨毯に吸い込まれて消えていった。

 「えっ、芙蓉さまのおうちへ?」
 「ええ、みなさんと知り合ってもう一月以上になるでしょう?お茶会でも開かせていただこうと思って」
 「まあ嬉しい!ねえ、みなさん」
 「ええ、本当に!かねがねお噂しておりましたのよ」
 「きっと素敵なお屋敷なのでしょうねえ」
 芙蓉が自邸でのお茶会の提案をすると、いつもの三人は飛び上がらんばかりに喜んだ。そこへ、おずおずと声がかかる。
 「あの・・・。わたくしも伺ってよろしいかしら」
 とたんに芙蓉以外の乙女たちが険のある表情で百子を振り返る。新入り風情が何をでしゃばっているの?とでも言いたげだ。
 「もちろんですわ。たいせつなおともだちですもの」
 芙蓉は万年筆を持ったまま華やかに微笑んだ。今は歴史の授業中だが、ほとんどの乙女たちは聞いていない。歴史科の老教師は耳が遠いのだ。よって完全におしゃべりの時間と化していた。
 「そういえば、芙蓉さまのお屋敷はどの辺りにあるの?」
 芙蓉が街外れの住所を告げると、一瞬沈黙がおりた。あの辺りにある屋敷といえば・・・。
 「みなさんもご存知でしょう?うちは『妖怪屋敷』なの」
 いたずらっぽく笑った芙蓉に次々に声がかかる。
 「でも、芙蓉さまが綺麗になさったのでしょう?もとは伯爵さまのお屋敷だったそうですし、さぞかし豪華でしょうね」
 「洋館なんて素敵だわ。うちなんか純日本風でつまらないのよ」
 「お化けは出たことないから、安心なさって」
 芙蓉の冗談に、皆ころころと笑った。

 週末。華やかな振袖を纏った四人の少女が、「妖怪屋敷」の門前に集まっていた。
 「ここが・・・」
 「芙蓉さまには申し訳ないけれど、ちょっと怖いわよねえ」
 「・・・生垣で何にも見えないわ」
 百子は黙って震えている。なんとなくこの屋敷の周りだけ空気がちがうのだ。温度が2.3度下がってしまったような・・・。人声どころか、鳥の鳴き声一つしない。黒い鉄格子の門は昔は壮麗だったのだろうが、今錆びついて見る影もない。そのとき、不意に頭上から芙蓉の声がした。
 「いらっしゃい。お待ちしておりましたのよ」
 四人はパッと上を見上げたが、どんよりと曇った空が見えるだけだった。視線を戻して、彼女たちは飛び上がらんばかりに驚いた。門を挟んですぐ目の前に赤い振袖姿の芙蓉が立っていたのだ。こういうところにあっては、彼女の完璧な美貌は奇妙に恐ろしく思えた。赤い唇はいつも通り弧を描いていたし、長い睫毛に縁取られた双眸は親しげな光を宿していたが・・・。
 「さ、お入りになって」
 ギィ、と古めかしい音がして鉄門が開け放たれた。今の今まで気がつかなかったが門の両脇には庭師と思われる使用人が二人立っていた。俯いていて顔はよく見えないが、爺ということはわかる。芙蓉が踵を返して初めて、金縛りに遭ったように動けなかった乙女たちは我にかえった。
 「お招きいただいて光栄ですわ」
 「お邪魔します」
 濡れた石畳を進み芙蓉のあとを追う。庭園には芙蓉の花が咲き乱れており、濃密な緑の香りがした。前方に黒く件の洋館が聳えている。想像したとおり外観は綺麗に修繕されていて、磨き上げられた窓には白いレースのカーテンがかかっていた。しばらく進むと、玄関扉を開け待っている人の姿が見えた。若くて綺麗な男だ。とたんに彼女たちが色めき立つ。
 「まあ、すてき」
 「あのかたは芙蓉さまの許婚でいらっしゃるの?」
 笑い声を上げた芙蓉が振り返った。
 「そんなわけないでしょう。あれはうちの使用人頭よ」
 そんなもったいない、という言葉をすんでのところで呑み込んで彼女たちは玄関をくぐった。もちろん、横目で若い使用人頭を見つめながら。
 「みなさん、すぐにお茶にするのもいいけれど、なかをご案内させていただくわ。この屋敷に興味がおありでしょう?この辺ではある意味で有名だったそうですし」
 彼女たちは芙蓉の提案に賛成した。そもそも密かな訪問目的は「妖怪屋敷」探検なのだ。大階段を上りながら芙蓉が続ける。
 「一応一通り掃除はしてありますけれど、大部分はもとのままなの。まだまだここに移ってきてから日が浅いですし」
 最初に案内されたのは書斎だった。室内に入った途端古書独特の匂いがする。元主の執務机であっただろうマホガニーの大きな作業机が半円形の書斎の窓際に置いてあった。
 「ここはあまり使っていないの。ちょっと不気味でしょう?」
 他にも、剥製がたくさん置いてある部屋や、だだっ広いダンスホール、座ったらスプリングが壊れてしまいそうなキングサイズのベッドが置いてある主寝室などを案内され、1時間ほど経った頃メインイベントのお茶会に移ることになった。
 「晴れていればテラスで、と思ったのですけれど、あいにくのお天気ですから」
 「まあ、きれい」
 豪華なアフタヌーンティーセットに少女たちが目を輝かせる。香ばしい香りのするスコーンやマカロン、見た目も愛らしいケーキの数々。裕福な彼女たちでもなかなかお目にかかれるものではなかった。茶器も最高級品のもので、ますます四人は芙蓉に羨望の眼差しを強くした。それに、ティーサーブをするのはさきほどの見目麗しい使用人頭。夢見るお茶会がはじまった。

 さんざんお喋りをしたあと、名残惜しいお暇の時間となった。それぞれに迎えの車を呼んであるので、芙蓉は彼女たちを門前まで送り届ける。
 「今日は素敵なお茶会をありがとう」
 「今度はうちにいらしてね」
 「うちにも」
 「あたくしも本当に楽しませていただきましたわ。では、また来週」
 「ええ、学校でね」
 「ごきげんよう」
 三人の少女たちは足取りも軽く門を出て行った。
 「それで、うまくいきそうかしら?」
 フッと表情を消した芙蓉が背後に控えていた黒髪の青年に問う。
 「ええ、とても柔らかい肉です。今夜の晩餐は久しぶりに腕を振るえそうですよ」
 「楽しみだわ」

 次の週の月曜日。
 「あら?百子さんは?」
 「休みじゃないの?」
 芙蓉の赤い舌が、ちろりと唇を舐めた。                                  

 終 

 2009年3月14日15:37 陰鬱な昼下がりに 白田ピンク

小説。