prologue

 「起立」のあとに「礼」がないまま、みんなバラバラに座った。担任教師が今日の予定メモを読み上げていく。彼の指示で配られたプリントが回ってきた。受け取る瞬間、前席の奴と指先が触れ合って顔をしかめた。
 「絶対こしのあき」
 「オレはこぬまえいこやな」
 昼休み、輪になって弁当を食べている奴らが騒いでいた。ぼんやりと中庭を眺める。まだ肌寒いのに、数人の女生徒はベンチで食べていた。
 「なあ、不破(ふわ)は?」
 円陣の一人に突然話しかけられ、訳が分からず弁当箱を片づける手を止めた。
 「何が?」
 「ほなけん、どの女なん?」
 言いながら女の写真が載っている雑誌を押しつけてくる。
 「・・・寿命の長い奴」
 呆けている奴らをあとに教室を出た。

 オレは三年後に事故死する。突っ込んできた自転車を避けガードレールに激突だ。そんな死に方は御免だ。当分免許は取らないと決めている。
 「・・・ただいま」
 無人の部屋にあいさつをして、三畳半の自室に向かう。手早く黒パーカに着替え部屋を出る。ポケットで携帯電話が小刻みに体を震わせた。
 「何」
 『遅ぇーよ。もう来とるで』
 「悪い。今出るけん」
 『早う来いよ』
 マンションの階段を駆け下りる。宵の明星が輝いていた。

 「ばんわ」
 声を掛けると、薄汚れた灰色の扉が内側に開いた。開けたのは見慣れた金髪で、奥には見知らぬ男が一人。
 「・・・この人?」
 「そうや。浅山さん、これが不破草平(ふわそうへい)です」
 中肉中背、見るからに気弱そうな男が立ち上がりぺこりとお辞儀した。礼を返し古ぼけたソファに腰掛ける。金髪の男、相川が話し始めた。
 「草(ソウ)、こちら浅山忠広(あさやまただひろ)さん、四十五歳。金属リサイクル会社の社長さん」
 「よろしくお願いします」
 浅山が名刺を差し出してきた。
 『鉄が地球の未来を変える!浅山リサイクル 社長 浅山忠広』
 顔を上げて浅山の顔を見つめる。特に顔色は悪くない。病気ではなさそうだ。
 「・・・あの、オレのこと、本気で信じとるんですか?」
 「はっ?」
 浅山が目を見開き、疑うように相川を見た。
 「い、いえっ、浅山さん、草は、本当に自分のことを信じて、その通りにされるかどうか、という意味で・・・」
 「ああ、それなら大丈夫です。聞きましたよ、あなたの言う通りにしなかったために、予言通り亡くなった方がおられるとか」
 浅山が勢い込んで話してきた。オカルトマニアか。
 「・・・なら問題ないです。それと料金は現金後払いで。値段は見てから決めますんで」
 「はい。で、でもどのように・・・」
 「ほな、草。始めよか」
 戸惑う浅山の手を取ると、意識を集中した。

 腰が痛い。炎天下、額から落ちた汗が点々とアスファルトに染みこみ、そばを通る車の排気ガスがオレの顔にモロに当たる。やっとの思いでたどり着いた橋の上では、涼しい夏風が吹いていた。休憩しようと欄干の足もとに腰かけた途端、もの凄い衝撃に世界が暗転した。

 目を開けると、浅山の手を握ったまま机に突っ伏していた。身を起こし、好奇心と恐れの入り交じる視線を感じながら報告を始めた。
 「・・・事故死ですね」
 相川が素早くメモをとっていく。
 「あなたは八十五歳。八月の十七日、お孫さんの家に徒歩で向かう途中、橋の上で座って休憩していたところを自転車にはねられて死にます」
 いつも通りとはいえ、気まずい空気に早口になる。
 「・・・あなたの場合はかなり先ですし、年齢が年齢ですからね。避けんでもええと思いますけど。お孫さんに会いたければ日を改めたらどうですか。そんなワケで、当分あなたは死にません。安心してください」

 「・・・絶対疑っとった」
 「まあええやん。ちゃんと代金払うてくれたし」
 オレは相手に触れることによって、そいつがいつ、どこで、どのようにして死ぬか分かる。物心ついたときから自分をはじめ両親の寿命も分かっていた。四歳のとき、父親が脳梗塞で死んだ。看護師の母親は自身を責めたが、本当に責められるべきだったのはオレかもしれない。まあどうしようもなかったかもしれないが。
 「はい、二万五千円」
 相川が報酬の半分を渡してきた。この男は、髪を金に染め、ピアスを耳やら鼻やら至る所につけているが、このビルのオーナーである。こんな怪しいバイトをするようになったきっかけもこいつだ。

 二年前、真夏の商店街を歩いていた。駄菓子屋の軒先に吊された風鈴が涼やかな音色を奏でる。暑さにやられた頭でフラフラとアイスの冷凍庫へ近づいた。そのとき、中学カバンに誰かがぶつかってきて、バランスを崩し道に転がった。
 「あ、ゴメン。ボク、大丈夫?」
 掴まれた腕を咄嗟に振り払うと、裾が擦り切れたジーパンと土色のスニーカーが目に入った。逆光でシルエットになったそいつは、何度も詫びを入れると走り去っていった。
 アスファルトから上る湯気に揺らぐ後ろ姿を、呆然と見送った。
 十分後、オレは一キロ程離れた工事現場脇の路上にいた。子どもが犬と遊ぶ写真が等間隔に貼られた鉄製の衝立の向こうでエンジン音と金属音が響いている。
 「オイ、待ちな」
 目の前を通り過ぎようとした金髪の男を呼び止める。
 「あれ、さっきのボク、奇遇やな」
 「・・・お前を待っとった」
 「はぁー、なんやのー?ちゃんと謝ったやろ」
 まなじりを下げて問うてくる。言葉を探したが思いつかず、半ばやけっぱちになって言った。
 「アンタ、このまま行くとそこの角で鉄骨三本落ちてきて死ぬで」
 「・・・は?」
 男の肩越しに、地響きをたてて鉄骨が地面に叩きつけられるのが見えた。

 その後、オレをしつこく追い回した相川は、能力のことを強引に聞き出すとすんなり信じ、すぐにそれを使って儲けようと持ちかけてきた。当時部活に入っておらず暇をもてあまし気味だったオレは、その提案をあまり深く考えず承諾してしまった。しかし、思っていたよりも死の瞬間を見続けることは精神的に辛く、少し後悔している。
 マンションの駐車場に入ると、自宅の風呂窓が光っていた。母はもう帰っているらしい。
 「・・・ただいま」
 「おかえり、遅かったやないの。居残りでもしたん?」
 母はオレが毎週月曜と水曜に塾に通っていると思っている。濡れたウェーブの髪を頬に貼り付かせ水を飲む母を横目に、偽装工作の鞄を持って自室に入った。ごめんよ母さん。月謝は使わず貯金してるから。

小説。 進む。